大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1285号 判決

控訴人が昭和二十二年四月二十五日施行の衆議院議員総選挙に立候補するため、内閣総理大臣に宛て資格審査の請求をなし、その審査の資料に供する目的を以て中央公職適否審査委員会に対し控訴人所有の本件書籍及び雑誌「祖国」三冊を提供し同委員会事務局においてこれを受領したことは当事者間に争がない。被控訴人は控訴人において右書籍を被控訴人に提出するに当り、その所有権を抛棄し、または被控訴人にこれを譲渡した旨を主張するけれども、控訴人が右書籍を右目的のため提出したことそれ自体から推して当然にその所有権を抛棄し、または被控訴人にこれを移転する意思を表示したものと認めるのは相当ではないし、また本件において控訴人が右の提出に当り、特にこのような意思表示をしたことについてはこれを認めうる証拠もないから、然るに控訴人は、右書籍を被控訴人に提出する際、控訴人と被控訴人との間に、右書籍を目的とする寄託契約が締結された旨を主張するけれども、控訴人の提出援用に係る証拠によるも両者の間にこれに関する明示若しくは黙示の意思表示がなされたことはこれを認めるに足らない。然しながら、被控訴人の行政機関である前示委員会係員に於て控訴人から上述の目的に供するものとして右書籍を受領した以上、それは公権力の主体として、その職務権限に基いてこれを受領し且つ保管するものであつて、被控訴人はこれを右目的のためのその必要が存続する限り使用しうると共に、その必要が消滅したときは控訴人の請求に応じ遅滞なくこれを返還すべく、それまでの間は被控訴人において善良な管理者の注意を以てこれを保管することを要するものといわなければならない。しかも、右書籍は前記のとおり、被控訴人の行政機関が公権力の主体としてその職務権限に基いてこれを受領したものであつて、このような場合には被控訴人と控訴人との間に右書籍につき前記のような内容の公法上の法律関係が成立したというだけのことであつて、別に公法上の契約が成立したわけではない。而して控訴人は右委員会における資格審査の結果、昭和二十一年一月四日附連合国総司令部(以下総司令部という)の公職除去に関する覚書(以下単に覚書という)に該当しないものと判定され、昭和二十二年四月二日附で同趣旨の内閣総理大臣の確認を受けたが、その後右委員会において再審査の結果、右覚書に該当するものと判定され同年六月二十六日附で前示非該当の確認を取消し、右覚書該当者に指定する旨の内閣総理大臣の通告を受けたことは当事者間に争がない。そして、後記認定のとおり、控訴人に対する覚書該当の右指定は総司令部の指示に基くものであり、且総司令部は、その占領政策の一環をなす公職から特定人を排除する措置に関してはその手続の如何なる段階においてもこれに介入する固有の権限を保留していたことは顕著な事実であるから、被控訴人の控訴人に対する前記資格審査に関する手続は、結局昭和二十二年六月二十六日附覚書該当の通告がなされた当時まで継続していたことは明らかであるし、この手続が継続している限りはその審査の資料として提出された本件書類についてもその使用の必要がなお継続し、従つてこれを控訴人に返還するを要しなかつたものと認めるのが相当である。然るに成立に争のない乙第一号証の一、二、原審並に当審証人太田剛、同角野義雄、同清水立雄の各供述を綜合すれば右委員会は上述のとおり、控訴人を一旦覚書非該当者と判定し、内閣総理大臣において昭和二十二年四月二日附でその旨を確認したところ、総司令部においては、控訴人に対する覚書非該当確認につき再検討の必要ありとして、東京中央渉外事務局を通じ右委員会事務局に対し、控訴人の資格調査に供した前記書籍の提出を要求したので、右委員会事務局においてはこれに応じ、昭和二十二年五月頃右書籍に用済後返却を迄う旨の符箋を添附し、これを総司令部に差出したこと、総司令部においては控訴人の資格につき調査検討の結果、控訴人が昭和十二年七月一日から昭和十六年九月二日までの間雑誌「祖国」に超国家主義的、軍国主義的論文を掲載しているので、覚書に該当する好ましからざる人物として一切の公職から追放せらるべきものと判定し、同年五月二十六日右渉外事務局に宛その旨を通告したので、右委員会においては上述のとおり控訴人の資格につき再審査の上、覚書該当者と判定し、内閣総理大臣から同年六月二十六日附でその指定がなされたこと、控訴人は右指定に対し訴願を提起すると共に、その審査資料として右書籍を提出することを必要としたため、同年七月初頃右委員会事務局に対しその返還を請求したところ、右委員会事務局においては右書籍を総司令部に提出したままその返却を受けていなかつたので、直ちに総司令部との間に直接係員を派し、または終戦連絡中央事務局を通じ再三その返還を折衝せしめた結果、右書籍の内雑誌「祖国」三冊の返還を受けることができたけれどもその余の本件書籍については、総司令部係員の協力をえてその捜索に努めたにも拘らず遂にその所在不明のためこれが返還を受けることができなかつたこと、及び総司令部の占領施策の遂行に協力を要請されていた被控訴人の行政機関においては総司令部から右書籍の提出を要求された場合にはこれを拒絶しえないばかりでなく、一旦これを総司令部に提出した上は、右のような折衝をする以外には、総司令部においてこれを不必要なりとして任意に返還するに至るのをまつ以外に、これが返還を強制する権限も適切な手段も有していない実情にあつたことを認めることができる。右認定に牴触する原審並に当審証人遠山健彦の供述は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実に依れば、被控訴人は本件書籍を現在占有していないのはもちろん、また、その保管についても義務違背はなく、これを控訴人に返還することは既に控訴人の責に帰すべからざる事由により不能の状態にあるものといわなければならない。よつて、所有権に基き、又は寄託契約に基き、同書籍の引渡を求める控訴人の本訴請求は理由がない。

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